ヤスハラ・マーケティング・オフィスの近況

10月17日

【台風19号の話】


まずは、関係各位の皆々様、ヤスハラ及び家族は目立った影響もなく、元気にしております。ご心配のご連絡等いただきましたが、大丈夫です!


長野県の被害は大きかったと言われております。(実際は、どこも被害が出ている場所は大小に関わらずエライことになっていると思いますが・・・) 特に隣の上田市などを流れる千曲川の氾濫はダメージが飛び抜けてます。ここ松本市は目立った被害はなかったものの、台風が西側50kmずれてたらどうなっていたことやら。人ごとではないですね。まずは早い復旧を願っております。


一方で、個人事務所が予定していた今週の東京出張はあっさり延期となりました。だって、そもそも行けない状態なんですわい。


・特急あずさは見込みなし
・篠ノ井線は長野まで出れず。新幹線も乗れず
・車で上田駅に出るための三才山トンネルは不通
・中央高速バスは中央道不通で全面運休


ということで今週は内勤業務だけ・・・と思っていたら、長女が発熱で学校を休むので、父は玉突きで下の子の子守もやらねばね。そういう流れにおります。まぁ、感謝すべき、ありがたい日常ですよ。


Go with the flow.


10月01日

久々に松本にある丸善に行って本を渉猟。20万人レベルの地方都市に、大型書店・丸善の存在は知の良心です。専門書が集まる大きな本棚に囲まれるだけで、脳のシワとシワの間にミントの風が吹く気分。


◼️すべてが在野になる日


「在野研究ビギナーズ」(荒木優太)を発見し、即購読。著作&編者の荒木優太さんは以前からネットで在野研究の人として名前だけは存じておりました。この在野研究という単語が気になっていたからです。



本書は在野研究の人々を集めて、その研究と在野観、生活との折り合いがまとめられたものです。とても楽しく読めたので、そこんところを近況報告で綴ってみます。


在野研究は職業的な研究機関(大学や学術研究所など)とは一線を引いて、一人独立して好きな研究テーマを探求するという、まあ、表題にある「「勝手に始める研究生活」な活動を指します。


仕事とも言えない世間的な立ち位置で、しかし、趣味とも言えないぐらいの知的探求の態度な方々ってことでしょうか。もちろん、仕事になってないので、誰も研究自体には給料を払ってはくれない。だが、それでも探求したい方々の自叙伝(いや、近況報告か?)。


この本にインスパイアされるのが、いや、もう時代は全員在野研究者でしょう、という実感です。世間様の目指す仕事へのスタンスって・・・・


1)専門性の劣化に気をつけよう!・・・探求する活動は日々必須。身につけた知識や経験の陳腐化するスピードが早く、コモディティ化はAIに置き換わる可能性が高い。


2)好きなものを極めよう!・・・創造性が重要。面白がる力が未知のアイデアを引き出す世界だ。だから、好きなことしか選べないし、選ぶべきでない。


3)お金のために生活を犠牲にするのは本末転倒!・・・組織に依存した生活は組織都合に振り回されやすい。もう集団の一員として生きるこを捨てて、独立した生き様を目指そう。


・・・ってな感じに見えます。


こいうなると、在野研究はすべての人々が向かいつつある生活態度のような気がしてならないのです。小生だって、マーケティングやブランディングを個人事業主として研究しているとも言えなくないのです。


「どうしたらマーケティングの知的体系を実務に展開できるか?」「この企業の成功をどういう知識抽象化したら、ポータブルなノウハウになるのか?」、そんなことばかりを日々考えながら、それを画面に落としながら、それをワークショップなどで他者と共有しながら、もう20年ですよ。


在野研究はアカデミック(=在朝って言うんだって)との関係が重要(知の本流な態度)で、学会や学会誌や論文発表を通じて、趣味の世界から研究の世界に転換する、ということらしいです。そういう意味では小生の話はまだまだ研究とは呼びきれないけれどさ。


しかし、常に、コンサルタント対クライアントだったり、出版による書評のフィードバックなどを通じて、探求らしきスパイラルにいるのは間違いないです。やはり、在野な研究生活に近いものがあります。


もちろん、自称・在野研究者と称する気はさらさらないです。でもね、どう見ても小生のような生活は普通になりつつあるな、っていう実感があります。そう、あなたもそこに近づこうとしている一人なはず。だって、そうじゃないと、そもそも人生が先細りになっちゃうんだから。


在野とアカデミック(=在朝)の垣根がネットによって低くなっていることも確かです。学会誌に論文として発表するより、自主的に英語でサイトアップしたほうが反響も大きく、世界的規模で専門家が集まってフィードバックをもらえるなんていうのも紹介されていました。境界線を引いて情報の非対称を権威にするって、もう望むべくもないんですな。


アカデミック世界にいる友人もいるので、「じゃあ。アカデミックの存在はどうなるのか?」っていうことにも個人的な意見を付け加えると、アカデミックはその役割を変えていくだろうと思います。今は、知のスタジアムという場であり、そこでのレギュラー選手そのものだけど、徐々に知のレフェリー養成の機関であり、レフェリーになっていくのかな、って思っております。


世界中に溢れかえる玉石混交の在野の知に対して、一定の秩序と評価の視点を与える中立な知性を代表する存在にね。 行き過ぎたトンデモな知に対してイエローカードとか、不備が多いものの示唆の多い知に対して認定トライとか・・・w。


ちょっと話が過ぎました。自分ごとを絡めて読んでしまったので、視点の偏りがひどそうですな。ごめんね。でも面白かったので、この本をネタに語ってみました。ということで、あとはご自分で「我が在野なる研究生活とは?」なーんて思い巡らしてみてはいかがでしょうか? 

09月19日

昼間の暑さも一段落。すでに信州の明け方はちょっと寒いくらいなので、窓を締めて寝ないといけません。といいながら、子供二人ともにきっちり風邪気味です! 


しかし、あの暑さはなんだったのか? 
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夏休み最後の木崎湖キャンプの図


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◾️絵本の話
思い出したように絵本の話を書きます。


図書館で借りてきたり、評判をたぐったりして、最終的には自家用にと購入に至ったオススメの絵本たちです。


今回は、子供向けの振りをした大人向けの絵本。子供のために書かれたように見せかけながら、子供を置き去りにして大人たちの心を突き刺そうとする深慮遠謀な絵本たちって感じか。


「くるくるかわるネコのひげ」(Bill Charmatz:2014)
小生一押しです。かなり頻度高く再読します(夜、子供と寝るときね)。雑っぽく見せた線だけで魅せるオシャレな本です。色も限定3色。決してストーリーが秀逸なわけでもなわけでもない・・・、が、許す! そう、完全にアートなんだけど、その美しさを楽しさに昇華させる著者のスマートさが好きなんですな。



『Michi』(Junaida:2018)
名前は横文字ですけど著者は日本の方です。ウヒョー、こりゃ上手いね。バムとケロの島田ゆか氏に匹敵するのではないかという微細画系の美本です。この本は文はまったくないコンセプチュアルな作りではありますが、その腕は確実に見せてます。ちょっと値段が高いところは、子供向け風な大人向け絵本を確信犯でいっているってことでしょうか。いずれにせよ、今後の展開が楽しみ。



「ジャーニー、国境を越えて」(Francesca Sanna:2018)
テーマは難民なので、メチャ重いストーリーです。まあ、絵本で社会性を高めようとすると、どんどんシリアスな表現になっていきやすいものです。しかし、本書では、生々しい世界をシンプルにしながらも、美しく切り取って、読者を優しく巻きこんでいきます。著者の画力が光る作品。今ここで起きている世界の悩みを、そっと身近な存在にさせる絵本って素敵だなって思うんです。



ハービーのないしょのサンタ (ロッティーとハービーのシリーズ)(Petra Mathers:2002)
かなり古い絵本のシリーズなので、まずは図書館で探索して味わっていただきたいシリーズ「ロッティーとハービー」の絵本。いやー、この膝カックンの連続というか、肩すかししまくるとでも言いましょうか、とぼけた表現の秀逸さには参りました。そもそも、よくぞ翻訳出版したなって、このBL出版の勇気に敬意を表しちゃいますよ。これ好きって子供はどう考えても人数的に少ないはずで、そろばん合わないでしょう。その分、好きな大人は溺愛してしまうんだけどさ。