ヤスハラ・マーケティング・オフィスの近況

11月15日

「新版 マーケティングの基本」が増刷になりました。ありがとうございます!
堅調な販売とのことで、多くの方々からご支持に深く感謝いたします。



::::::::::::::::::::::::::::::《閲覧注意》::::::::::::::::::::::::::::::


以下、ヤスハラのただの自慢話とも受け取れるような内容が、読み手の方々を不快にさせる恐れがあります。ご留意ください!


と、前振りをしておき、心置きなく本題へw。


■ヤスハラ・マーケティング・オフィスと書籍出版、その目的について


2000年に1冊目の「入門・ブランド・マーケティング」を出版させていただいてから、かれこれ18年ってことになります。その間、世に出た本は全部で5冊(それと改訂版で2冊、監修本は除く)となっております。で、過去の5冊はすべて増刷になっております。


それぞれの部数は今のところ、6千部、3万部、1万5千部、5万2千部、1万8千部、といった感じですからね。累計12万部+かあ・・・・、我ながらよくここまで来たとは思いながらも、絶対冊数ではベストセラー作家とは到底言えません。


でも、増刷率が100%(5/5)ということは打点は低くても出塁率の高い書き手ではないかと思っております。ただし、これは書き手のみの手柄ではなく、出版社を含めたプロデュース力も含めたものですので、そういった巡り合わせも貢献してることは確かです。


そんな流れで、この増刷率100%の理由がいくばくかでも小生の側にもあったとすれば、それは何だろうかをメモしてみようと思います。


まず、そもそもの書籍出版の目的ですが・・・・、印税生活程遠い部数での活動には(有難いことに、不意の収入源にはなってはおりますが)、当然ながら、出版から派生するビジネス効果を期待しているわけです。


(1)認知効果:
フリーランスであるヤスハラの存在を示す効果です。商品で言えば知名率ですね。しかし、商品広告と決定的に違うのは、書籍は見込み顧客を興味関心で絞り込んでくれることです。


マーケティング実務に従事している人の率が100人中0.1%程度であれば、一般の人々10万人に知られていることより、マーケティング実務に従事している千人(つまり、専門書に区分される実売千部)に知られていることの方が効果が高いとも言えるのです。B2Bマーケティングの原則でもあります。


(2)品質効果:
サービス業は品質が見えにくいので、それを見えるようにしてくれます。品質を理解してもらうには少しでも体感してもらわねばなりません。サービス業の弱点はそこに人を介在させる必要があるということです。


ですから、ヤスハラは公開セミナーなどをしてきたわけですが(今はもうしてません、ごめんね)、これも書籍によって語る内容をおおよそ知ってもらう、または、その体験後に追認してもらうことで、品質への理解を補完してくれるのです。


フリーランスはできる活動に限りがあります。見込み顧客に会う時間が少なくても業務契約に至るようになったなら、本業や次の仕事の仕込みにリソースを充てることができます。一人親方であるヤスハラ全体のROI(Return on investment)アップにも貢献していることになります。


(3)推奨効果:
実は本ならではの効果がこの推奨効果です。残念ながら、ヤスハラを良いと押してくれる人がヤスハラを他者にうまく説明できるとは限りません。むしろ、コンサルを雇った方がいいのではないかというモヤモヤ感にはキレイな説明は難しいのが普通です。


すると、「こんな本を書いている人ですよ」といった紹介がその労力を軽減してくれます。紹介しやすさを作ってくれる媒介ってやつです。特にフリーランスにはサポーターが必要です。実務に従事している間に誰かが営業してくれるサイクルが望ましいので、書籍が敏腕な営業マン(本の内容によるけどね)になってくれるのは有難い限りなのです。


さて、この3つの効果を引き出すのが出塁率の話になると思っております。


特定のビジネスに関心のある人々への認知を強化するとき、小説のように日本中津々浦々の本屋に置かれている必要は全くありません。むしろ、大きな書店であり、それなりにカテゴリー全体の書籍が充実しているところにこそ、読んで欲しい読者は自ら集まってくるのです。


ヤスハラの書いた書籍はすべてアカデミックなマーケティングやブランド論の棚に置かれても違和感のないテーマとなっています。アカデミック系は長く棚に置かれますから、それにあやかろうという算段でございます。


従って、掲げるお題も常にセンター返しを心がけてきました。煽ったテーマにもせず(ひっぱらない)、時流追従なテーマにもせず(ながさない)、ですな。もちろん、打った瞬間は「抜けてくれ!」って祈りながらねw。


次に、レベル感の話です。アカデミックな話になると極端に読者数は減ります。相反して、ある一定量以上売れることをビジネス向けの出版社は求めています。その一つの指標が増刷であり、初版の出版コストを回収していき、最終的には利益をだすという過程なのです。


ですから、必然、入門や基本といったエントリー系の目線で書籍が書かれることになります。これによって書籍を手に取る人の間口が広がるからです。ヤスハラも可能な限りこの専門的でありながら間口が広いゾーンを狙って書いてきました。賢いクライアントと出会うには目線を下げすぎてもいけないし、出版社との良縁を維持するためには目線を上げすぎてもいけないという加減です。


難しさと簡単さのミディアムさとでも申しましょうか。たぶん、ホームランを狙わず野手の間に落とすぐらいのミート中心のバットの振りってやつでしょうかねw。


最後に、見たくなる構成の工夫です。


マーケティングなどは類書がメチャクチャ多いカゴリーです。このとき、個性の出し方は限られます。ヤスハラの場合は図表がそれを担うのですが、できるだけ硬軟と難易を混ぜながらチャートを作成するようにしています。


・「どっかで見たことがある気がするような定番的なチャート」
・「よく使う用語を目新しい配置にしてあるチャート」
・「全く新しい用語や意味をシンプルな図形表現で魅せるチャート」


・・・の3種が基本形となっています。これらが混ざり合うことで、結構、奥行きを感じてくれます。「今度のプレゼンに流用しちゃおうかな」とか思ってくれれば最高なのです。立ち読みしてたら、家に持って帰ろうかって思いますよね? ここだけ写メしてもいいけどさw。


ほら見てって、他の人にページごと見せるようなものですからね。ここでの書籍の出塁率は、後続のバッターである推奨者のヒット率を高めるのです。ヤスハラの打点は低くても進塁できますから、得点に貢献する確率は上がります。


ってな野球メタファーでまとめてみました。とはいえ、どう読んでみても本を出した人の「どうですか?僕って!」のドヤ感はプンプンです。まあ、小者の与太話だと思っていただければ幸いです。。


10月23日

現在進行形の既存事業(ヤスハラ・マーケティング・オフィス第一ブランド)の仕事は、ビジネス・プランニングの研修です。初回と最終回はワークショップで締め、その間をグループごとに自分たちの考えるビジネスをフォーマットに埋めるというものです。


言葉を足しますと、初回にフレームの使い方を、最終回にはグループごとの発表とそれをベースにしたプランニングに関する振り返りのワークショップ(プレゼン素材をみんなでコンサルティングする)をします。


そして、もっとも重要なのが、この中間期間にグループで(メンバー同士が遠隔にも関わらず)最終回向けの発表を作業し、その進捗の内容をヤスハラが電話でフォローするというものです。


ヤスハラは7月の初回と12月最終回は東京の会場に立ちますが、8−11月期の4ヶ月間は電話だけでメンバーからの進捗や相談、質問を受けていくわけです。メンバー総勢24名。なので、原則24人との電話でのコミュニケーションとなります。


24人で各30分程を電話で、あーだこーだをやるので、なかなか歯ごたえがある作業です。でも、松本の自宅から山を眺めながらの仕事ですからね。ありがたいことだと深く感謝しております。


◾️二つの沈黙を待つ男


電話だけでコンサルティングする場面も結構あるので、そこでの勘所についてのメモです。


電話ですから、クライアントの抱える悩みや課題を汲み取ったり、解決の切り口を差し出してみたりを音声だけでします。この時、一つの指標となり得るのが沈黙です。もちろん、言葉のやり取りが重要なのは言うまでもありません。だとしても最も大切にしたい崇高な現象こそが、沈黙ってやつなのです。


コンサルティングは相手の認知的な変容を促すことがその存在意義です。すみません、固すぎる表現でした。コンサルティングって軽くまとめると、相手が心の中で何か唸ったら大成功!なんすよ。


それが課題の解決によるスッキリ感のウームか、新たな疑問が鮮明に浮かび上がってきた時のウームかは関係ありません。前の本人と後の本人で世界の見え方が変わったらいいわけで、それが心の中の唸り声であり、これは電話での数秒間の沈黙となって表出するのです。


だからですね、ヤスハラは電話でやり取りしながらも、どうしたらこの沈黙がでるかを探っては問いやアイデアを受話器の向こう側にいるクライアント(研修参加者とかも)に向かって発信し続けます。「あー、早く沈黙が起きないかなー」って願いながらね。


軽快な会話が成立している時はほぼほぼコンサルは役に立ってません。意思疎通ができているような感覚って気分はいいけどね。存在価値ゼロでございます。この逆もちょっとよろしくありません。双方が対立し、自説で相手を説得し合おうという会話になっている場合です。たいてい、早口になってたりするけどね(苦笑)。言葉の数ほどの進展はないのでした。


沈黙とは、コンサル、クライアント以外の第三者、つまり、クライアントの中にいる新たな視点が語り始めた証左なのです。「まてよ、もしかするとこういうことなのかな?」「いや、違う。しかし、この違う感覚はどこからきてるのだろう?」といった何か気づいちゃったかも的世界が広がるということなのです。


この瞬間、ヤスハラとの電話での会話は途切れます。「ちょっと重要な話が湧き上がってきたので、ヤスハラさんと話してる場合ではない」からですな。で、待ちに待った沈黙がやってくるのです。ほんの数秒だけどさ。


さて、そこには2種類の沈黙があります。過去に関する修正点に気づくものと未来に関する転換点に気づくものの二つです。過去に関するものは、「しまったなー、あそこでこうしておけばよかったかもしれないな」といった内省としての気づきです。


そして、未来に関するものは、「おおっと、するとこういう展開っていうのがありえるのかも」という展望についての気づきです。些細なレベルだとしても、どちらも立派な認知的変容であり、俗に言うダイアローグの妙ってやつですな。


余談ながら、30分程度の電話のやり取りでこの2種類がそれぞれ出たなら、もう大手柄だと思っております。せめて一つはなんとかせねば・・・、いつも、そうやって仕事中に沈黙を待ち続けているのでした。